ご挨拶

私の信念
この様な挑戦をするに至った経緯は
生死に関わる重大な体験にあります。

3年前の乳がん告知
その前の8年間にわたる誤診
余命8日の宣告
両乳房の全摘手術

この経験が元となっています。

今から10年ほど前、左胸に「これは乳がんかも?」という様なしこりを見つけました。

ネットで最先端の乳腺専門クリニックを検索し、新宿区内にある、最先端の医療機器を備えたKクリニックがヒット、

ここの先生は、乳がんに関する本も出している先生で、テレビにもよく出る有名な先生、

当時、日本では数少ない乳腺外科の専門クリニックだったのでそこを受診しました。

その結果は、「良性」との診断、以後8年間、毎年1回、ここで経過観察をしてきました。

先生によると、「良性の石灰化したしこり」なので「悪性になることは絶対にない」とのことで安心しきっていました。

ところが、3年ほど前、北斗晶さんという芸能人が、乳がんを告白し、
この先生が、コメンテーターとしてテレビにひっぱりだこ、
さらに有名になってしまい、数か月先まで予約がいっぱい。

仕方なく別の、最先端機器「3Dマンモグラフィー」を備えているクリニックを探すことになりました。

そして探した別のBクリニック。
私にしてみれば、毎年お決まりの乳がん検診、軽い気持ちで仕事帰りに寄ったクリニック。ですが、、

そこの医師は、私の胸のしこりを触るなり、
「これは見るからに悪性の進行がん」
なんと会社帰りの、毎年恒例の、気軽に立ち寄った乳がん検診で、
私は「がん告知」を受け、
「8年もがんを見逃された医療過誤の被害者」であったことが発覚してしまったのです。
いやいや参った参った。

そして、数か月の間、絶望とはこういうものか、という時間を過ごすことになるのですが、
翌年に両方の乳房を皮下全摘する手術を受け、その翌年には再建の手術も受け、なんとかこのようにカムバックしたわけです。
生死に関わるこの体験をしたことで、
「もし生きて元通りの生活ができることになったら、今後の人生は助けを必要とする人の力になろう」
と強く思いました。

まずは乳がん患者の患者会を作り、がん患者のためのがん患者によるインタビュー番組をインターネット放送局で放映したりと小さながん啓発活動を始めました。

最も発信力の高い方法でがんの啓発活動をしたい。

それが今回の挑戦をするに至るきっかけです。